私たちは、歳を重ねるほど他人から心ないことを言われると、ショックで心に傷を負いやすくなります。
人は誰でも心に傷を負っていますが、心の傷をいつまでも引きずる人もいれば、引きずらない人もいます。では、その違いはどこにあるのでしょうか?
嫌な出来事を引きずる人と、そうでない人の違いは?
ショックな出来事を引きずる人と、そうでない人の違いは本人にとっての理不尽度の違いがあります。
何が理不尽度の差を生むかというと、「自己責任感」の大小です。
嫌な出来事に対して「自分にも責任はあるかも」と感じている人にとっては、理不尽度は小さく、反対にその出来事に対して「自分には責任はない」と感じている人にとっては理不尽度は大きくなります。
つまり、他人から理不尽なことを言われたり、嫌な出来事に対して「自分にも責任があるかも」と考える人は、心の傷は深くならない。
反対に嫌な出来事が起こった時に「自分には責任はない」と考える人は、心の傷は深くなります。
理不尽なことを言われたり嫌な出来事に遭遇したときに、「なんの責任もないのに自分だけひどい目にあった」と相手を責めるだけの人は「自己チューな人です」自己チューな人は、同じ出来事だったとしても、自己チューじゃない人にくらべ、心が傷つきやすくなります。
あなたの隠れた心を教えてくれる人
人間関係の代表的な悩みに「あの人が嫌い」というものがあります。
私たちが他人に対して「嫌だな」と思うことは、実は自分自身が気にしていたり、自分にもそうした面があるから、強く反応してしまうんです。
例えばあなたが職場で、嫌いな人に「もっと、私の気持ちを考えてよ」と愚痴ったとします。
でも、その悪口や愚痴はあなた自身に当てはまってはいませんか。
人の気持ちを考えていないのは、あなたではないですか。
相手の気持ちに寄り添おうとしないのは、あなたの方ではないですか。
あの人は八方美人だから嫌い。⇒それはあなたにも八方美人な面があるからつい反応してしまうんです。
あの人は上司の前ではいい人ぶって嫌い⇒それはあなたにも人によって態度を変えている面があるから反応してしまう。
このように、他人の行動にイラついたり、愚痴を言いたくなったら、「それは自分のことかも」と思ってみてください。
どういうことかというと、あなたが他人に対して「イライラしたり、嫌だ」と思うことはじつはあなた自身が気にしていることだったり、あなたにもそういう面があるから反応するのです。
あなたの日常に起こっている現象はすべてあなたが源なんです。
まとめ
相田みつおさんの詩に「うつくしいものを美しいと思えるあなたのこころがうつくしい」という言葉があります。
私たちは、感情がウキウキワクワクしている時は、目に映るもの全てが美しく肯定的に見えます。
反対に感情がイライラしていたり、不安な状態のときは、見るもの聞くもの全てが否定的に感じてしまいます。
私たちの思考や感情は、私たちの普段使う言葉や、入ってくる情報で出来ています。
普段から肯定的な思考で、他人を勇気づけられる気持ちの良い言葉を使いたいものです。